東京地方裁判所 平成8年(ワ)18805号 判決 1997年12月25日
原告
金田壽子
ほか三名
被告
東京都
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 被告は、原告金田壽子に対し、金一二七五万八九四一円及びこれに対する平成八年二月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告金田義一、原告金田一政及び原告池嶋照子に対し、それぞれ金三一八万九七三五円及びこれに対する平成八年二月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、都電軌道敷内において都電と衝突して死亡した被害者の相続人である原告らが、被告に対し、右事故は、<1>公の営造物である都電軌道及び軌道敷の設置又は管理の瑕疵が原因であると主張して、国家賠償法(以下「国賠法」という。)二条に基づき、また、<2>被告の被用者である都電運転手の前方不注視の過失が原因であると主張して、民法七一五条に基づき、損害賠償を求めた事案である。
一 争いのない事実等
1 本件事故の発生
(一) 事故日時 平成八年二月二日午後九時四三分ころ
(二) 事故場所 東京都豊島区南池袋三―二五 都電早稲田二二号踏切付近軌道敷地内(以下「本件事故現場」という。)
(三) 被害者 金田義人(以下「義人」という。)
(四) 加害車両 都電(車両番号七〇二二号。以下「本件都電」という。)
(五) 加害者 勝目則光(以下「勝目運転手」という。)
(六) 事故態様 義人が本件都電と接触して転倒し、頭蓋内損傷により、同日午後一一時〇六分死亡した(甲三)。なお、事故態様の詳細には当事者間に争いがある。
2(一) 被告は、都電の専用軌道の管理及びその運行について、専用軌道、付属施設、ホーム、都電車両等の所有者及び占有者であり、これらの公の営造物の設置保存について管理責任を負うものである。
(二) 勝目運転手は、被告の被用者であり、本件事故当時、被告の事業の執行として都電の運転を行っていたものである。
3 原告金田壽子(以下「原告壽子」という。)は、本件事故当時、義人の妻であったものであり、原告金田義一(以下「原告義一」という。)、同金田一政(以下「原告一政」という。)、同池嶋照子(以下「原告照子」という。)及び訴外金田安房はいずれも義人の子であるが、義人の死亡により、原告壽子は義人の本件事故に基づく被告に対する損害賠償請求権の二分の一、原告義一、原告一政及び原告照子は各八分の一をそれぞれ相続した。
二 争点
1 国賠法二条に基づく責任の存否
(一) 原告らの主張
(1) 都電荒川線早稲田二一号踏切(以下「二一号踏切」という。)から早稲田二二号踏切(以下「二二号踏切」という。)に至る軌道及び軌道敷地は、道路や民家とは柵及び塀で仕切られた専用軌道及び軌道敷地であり、都電が少なくとも時速二七、八キロメートル以上の高速度で、頻繁に走行する箇所である。
(2) ところで、歩行者が二一号踏切及び二二号踏切から軌道内に入ることは容易であり、雑司ケ谷駅から二一号踏切に掛けての軌道脇には、人が立ち入り歩行することが可能な小道(以下「本件小道」という。)が存在する。右小道は、二一号踏切から二二号踏切に掛けて、徐々に細くなりながら二二号踏切脇の信号器具箱(以下「本件信号器具箱」という。)の手前まで続いている。また、二一号踏切付近から二二号踏切に掛けては、本件小道とほぼ平行に、軌道敷地の砂利の敷かれた部分と、軌道敷地の外側のコンクリートブロックの間に、歩行者により踏み固められた細道(以下「本件軌道脇細道」という。)が存在し、本件小道を雑司ケ谷駅方面から鬼子母神前駅方面へ歩行してきた者は、容易に本件軌道脇細道に入ることができる。そして、二二号踏切付近には、本件軌道脇細道上に本件信号器具箱が存在しているため、歩行者は迂回するために軌道内に入らざるを得ず、都電と接触する危険があり、また、右信号器具箱の脇を通過した後は、わずかに歩行するだけで、二二号踏切西端に出ることができる。
そして、実際にも、多数の付近住民が、昼夜を問わず、本件事故現場付近の軌道内を、通路として使用していた。
(3) 右軌道及び軌道敷地を管理する被告は、本件小道及び本件軌道脇細道を多数の付近住民が通行し、都電との接触事故の危険性があることを知っており、また、軌道及び軌道敷地に人が立ち入らないように、柵や塀で軌道及び軌道敷地を囲い、通路を閉鎖するなどの各事故防止措置を採ることは容易であった。
そうであるとすれば、被告は、歩行者と都電との衝突事故を防止するために、前記事故防止措置を採るべき義務があったというべきところ、被告は長期間にわたって、これらの状況を放置していたばかりか、かえって、雑司ケ谷駅から本件小道に出られるように柵の切れ間及び踏み台を設けたり、本件軌道脇細道付近においては民家の出入口として使用できるように柵や塀を一部途切れさせるなど、積極的に通行を助長し、あるいはこれを黙認していた。
したがって、本件軌道及び軌道敷地には、専用軌道としての都電軌道及び軌道敷地が通常有すべき安全性が欠けており、瑕疵があったことは明らかである。
(4) 義人の本件事故当時の行動は、必ずしも明らかではないものの、雑司ヶ谷駅方向から、本件軌道脇細道を、二二号踏切方向に向けて歩行していたものと推定されるところ、本件事故現場において都電に衝突して死亡したものであるから、公の営造物の設置又は管理に瑕疵があったことにより損害が発生したというべきであって、被告は、国賠法二条に基づき、損害賠償責任を負う。
(5) なお、後記のとおり、被告は、本件事故は義人の自殺である旨主張しているが、義人は、本件事故当日まで平生と変わらない生活を送っており、異常な行動もなかったほか、本件事故前にエアコンを購入したり、平成八年二月二日以降病院を受診する予約をしたりしており、自殺の動機は全くない。
(二) 被告の主張
(1) 義人の自宅は二二号踏切の南方にあり、最寄り駅は鬼子母神前駅であって雑司ヶ谷駅ではないから、仮に、義人が都電を利用して帰宅するとしても、わざわざ同駅で下車する理由がない。また、八四歳の老人である義人が、雑司ヶ谷駅から本件事故現場まで約一〇〇メートルも暗く段差のある軌道敷を歩行することはあり得ない。したがって、合理的に見れば義人が軌道敷に入ったのは二一号踏切からではなく、二二号踏切からであると考えられるから、雑司ヶ谷駅と本件事故現場の間に本件小道が存在することと本件事故の間には、因果関係がない。
(2) 雑司ヶ谷駅から二一号踏切付近までの間には、軌道の外側に本件小道が存在し、付近住民の要望により、民家出入口付近では柵の途切れた部分が存在しているが、本件小道は軌道との間に植込み及び側溝があるから、安全上特に問題はない。
また、二一号踏切から二二号踏切までの間の本件軌道脇細道の部分については、軌道敷の外には側溝が存在し、その外には段差があるから、通常、人が通行するような場所ではない。
したがって、公の営造物の設置又は管理の瑕疵の存否の判断の前提としては、あえて右のような危険な場所を通行する者が存在することまでは考慮の対象とすべきではないから、本件事故現場付近の軌道及び軌道敷地が通常有すべき安全性を欠いているとはいえず、設置又は管理に瑕疵はない。
(3) 本件事故は、義人が突然都電の前に飛び出したため発生したこと、本件事故現場付近には義人の杖が立て掛けてあったことなどに照らすと、義人の自殺であると考えられるから、仮に本件事故現場付近の軌道及び軌道敷地が通常有すべき安全性を欠いているとしても、本件事故との間の因果関係がない。
2 民法七一五条に基づく責任の存否
(一) 原告らの主張
本件事故現場付近は、本件信号器具箱の陰が死角になり見通しがよくない場所であること、前記1(一)主張のとおり、軌道敷地脇には歩行可能な本件軌道脇細道が存在し歩行者がいる可能性があること、本件信号器具箱の陰から突然歩行者が軌道内に入りこんだ場合には急制動を掛けても衝突を免れないことなどは、勝目運転手ら都電の運転手にとって、周知の事実であった。
したがって、勝目運転手においては、本件信号器具箱の陰の軌道脇細道及び軌道内の歩行者の有無に注意し、事故現場の手前で警笛を吹鳴したり、状況に応じて適宜速度を調節し、いつでも僅かな制動距離で停止できるような速度で進行すべき注意義務があったにもかかわらず、これを怠り本件事故を発生させたものであるから、同運転手に過失があったというべきであり、被告は不法行為(使用者責任)に基づき損害賠償責任を負う。
(二) 被告の主張
本件事故は、義人が信号箱の陰から突然都電の直前約六メートルの地点に飛び出したために発生したものであるから、制動措置によっても回避することは不可能であり、勝目運転手に過失はない。
3 賠償すべき損害額
(一) 原告らの主張
(1) 治療費 四三八八円
(2) 葬儀費用 一二〇万〇〇〇〇円
(3) 死亡慰謝料 二〇〇〇万〇〇〇〇円
(4) 逸失利益 一九九万三六八七円
年収(国民年金) 四九万〇九九八円
死亡時年齢 八四歳
平均余命 五・六一年
ライプニッツ係数 五・〇七五六
生活費控除率 二〇パーセント
四九万〇九九八円×(一-〇・二)×五・〇七五六=一九九万三六八七円
(5) 弁護士費用 二三一万九八〇七円
(6) 合計 二五五一万七八八二円
(二) 被告の認否
すべて争う。
第三当裁判所の判断
一 本件事故態様等
前掲争いのない事実、甲二ないし一三、一六ないし二三、二五、乙一ないし四(いずれも枝番の表示は省略。以下も省略する場合がある。)、証人勝目則光及び同大久保正男の各証言、原告金田壽子本人の供述並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
1 本件事故現場付近の状況
(一) 本件事故現場は、都電荒川線の鬼子母神前駅と雑司ヶ谷駅の間に所在する二二号踏切の約六ないし八メートル北東側(雑司ヶ谷駅側)であり、付近はアパートや一戸建住宅などが立ち並ぶ住宅密集地である。右区間においては、都電の軌道は、南西方向から北東方向(鬼子母神前駅から本件事故現場方向)に向かって一〇〇〇分の四五の上り勾配になっているが、ほぼ直線であって見通しは良い。また、本件事故現場付近において、二二号踏切の反応灯(踏切が閉まったことを確認するための灯火)以外に照明設備は設置されていないが、付近の建物の灯火などにより、夜間でも歩行可能な程度に明るい。
鬼子母神前駅から雑司ヶ谷駅に向かう都電は、日中は五、六分間隔で、本件事故の発生した午後九時四三分ころも約一〇分間隔で運行され、本件事故現場付近では、時速約三〇キロメートル以下で走行している。
(二) 鬼子母神前駅から雑司ヶ谷駅の間には、鬼子母神前駅寄りに二二号踏切が、その北東に二一号踏切がそれぞれ設置されている。二二号踏切には遮断機及び警報機が設置されており、都電が同踏切にさしかかる約三〇〇メートル手前(約三〇秒前)から警報機が鳴り、遮断機が下りる仕組みになっているが、二一号踏切には遮断機は設置されていない。
二二号踏切付近には、「軌道内通行禁止 あるかない、せんろは電車が通る道」と記載された看板二枚、「ふみきりちゅうい」と記載された看板二枚、及び「軌道敷地内立入り禁止」と記載された看板二枚が、いずれも踏切を通行する者から容易に見える位置に設置されている。また、二一号踏切付近にも、「軌道内通行禁止 あるかない、せんろは電車が通る道」と記載された看板二枚、「ふみきりちゅうい」と記載された看板二枚が設置されている。
(三) 二二号踏切から約八メートル北東の軌道脇には、本件信号器具箱(幅六一センチメートル、奥行き八一センチメートル、高さ一六五ないし一七〇センチメートルの箱)が存在している。
本件軌道脇細道(後記(四)のとおりの土の露出した部分)は、本件信号器具箱の脇で、一旦途切れており、仮に、本件軌道脇細道を通行する歩行者がいた場合、本件信号器具箱を迂回するために、一旦軌道敷内に入らなければならないことになる。
そして、都電が、鬼子母神前駅から雑司ヶ谷駅方向へ進行した場合、運転手は、雑司ヶ谷駅方向から本件軌道脇細道を歩行してくる人影を、本件信号器具箱の陰に入った時は、視認することができない。
(四) 二二号踏切から、二一号踏切に掛けての軌道の北西側の状況は以下のとおりである。すなわち、軌道から約七五センチメートルの部分は、外縁部が幅七ないし一五センチメートルのコンクリートブロックで画され、砂利が敷かれている。右コンクリートブロックの外側には、幅数一〇センチメートルにわたり雑草が生えているが、その中には踏み跡と思われる土の露出した部分(本件軌道脇細道)がある。右軌道脇細道の外側には、U字溝及びコンクリートブロックを隔てて、本件小道が存在する。本件小道は、二二号踏切の約二〇メートル北東から始まり、北東に進むに従って徐々に広くなっている。
そして、本件小道と、本件軌道脇細道との間には、前記U字溝があり、多少の段差はあるが、これらはいずれも通常人が容易に跨ぐことが可能な幅及び高さであり、歩行者は相互に行き来できる構造になっている。
本件小道沿いの民家の出入口の部分では、右柵が途切れていたり、前記U字溝にコンクリート製の踏板が架けられ、本件軌道脇細道への出入りを容易にしている場所がある。
また、二一号踏切から雑司ヶ谷駅に掛けての状況は以下のとおりである。すなわち、軌道の北西側に、軌道敷と低木の植込み、その外側のU字溝及びコンクリートブロックを隔てて、軌道と平行に幅約一メートル弱の本件小道が存在しており、多数の付近住民が通行している。なお、本件小道の内側には、歩行者の踏み跡と思われる部分は存在しない。
2 事故態様
(一) 義人は、平成八年二月二日夕方、原告壽子と自宅(東京都豊島区雑司が谷二―二四―六所在。本件事故現場から約二〇〇メートル南側)で夕食をとった後、原告壽子の気づかぬ間に、家族に行き先を告げることなく、杖を持って外出した。なお、義人は、白内障に罹患しており、また、やや耳が遠かったものの、老人性痴呆症に罹患しているということはなく、普段から、老人センターに碁を打ちに行ったり、趣味の俳句を投稿するために郵便ポストに出かけるなど、夜間一人で外出することもしばしばあった。
(二) 同日午後九時四三分ころ、本件都電(早稲田発三ノ輪橋行、勝目運転手)は、鬼子母神前駅を出発し、雑司ヶ谷駅に向け進行し、本件事故現場にさしかかった。その際の速度は時速約二七ないし二八キロメートルであり、焦点距離約二二メートルの前照灯を点灯し、平地の場合は約三〇メートル前方が視認できる状態であった。
本件都電が、本件信号器具箱の手前約六メートルの地点に接近した時、勝目運転手は、右信号器具箱の陰から義人が突然軌道上に現れたのを発見したため、直ちに制動措置を採ったが、間に合わずに義人と接触して転倒させて、同人は死亡するに至った。
二 責任の有無について
右認定した事実を基礎に、被告の責任の有無について以下検討する。
1 国賠法二条に基づく責任
公の営造物の管理者は、当該営造物の構造、周囲の環境等の具体的事情に照らして、通常予測し得る範囲の事故の発生を防止するための措置を採る必要があるというべきであるが、右の措置が採られていれば、通常予測し得る範囲を超えたあらゆる事故を防止するための措置が採られていなくとも、当該営造物に設置又は管理の瑕疵があるとはいえない。
前記認定のとおり、二二号踏切から二一号踏切に掛けては、本件軌道脇細道が存在し、右軌道脇細道は、本件信号器具箱の脇で一旦途切れており、仮に、右軌道脇細道を通行する者がいた場合には、本件信号器具箱を迂回するために、一時的に軌道敷内に入らざるを得ない状況になっていること、このため都電と接触する危険性がないわけではないこと、他方、被告は、前記認定の各看板を設けるなどして、歩行者が本件軌道脇細道を通行したり、軌道敷内に立ち入らないようにするための警告を行っているものの、物理的に軌道敷内への立ち入りを阻止するための措置までは採っておらず、かえって、民家の出入り口付近で柵に切れ間が設けられているにもかかわらずこれを放置していることは明らかである。
ところで、本件事故現場付近においては、都電は時速約三〇キロメートル(秒速約八・三メートル)以下の比較的低速度で走行していること、軌道は勾配があるものの、ほぼ直線で見通しが良いこと、二二号踏切には警報機が設置され都電が同踏切にさしかかる約三〇〇メートル手前(三〇秒以上前)から警報機が鳴り始めること、夜間は都電は前照灯を点灯していることなどを考慮すると、仮に、本件軌道脇細道を歩行する者がいたとしても、通常の注意を払ってさえいれば、容易に都電の接近を認識できるというべきであるから、都電の接近する正にその瞬間に軌道敷内に入るというような事態は予測できないところである。
したがって、前照灯を点灯した都電が接近してきており、二二号踏切の警報機が鳴っている状態であるにもかかわらず、本件信号器具箱の陰から突然軌道敷内に進入する者がいるということは、被告において通常予測し得ない事柄であるというべきであるから、被告がこのような事故を事前に予測して、これを回避する措置を採らなかったことをもって、本件事故現場付近の都電軌道及びこれと一体となる諸設備が、通常有すべき安全性を欠いていたということは相当ではない。そして、このほかに本件軌道及び軌道敷地が通常有すべき安全性を欠いていたと認めるに足りる的確な証拠はないから、本件軌道及び軌道敷地には、いまだ設置又は管理の瑕疵があったということはできない(なお、前記のとおり、二一号踏切から雑司ケ谷駅に掛けては、本件小道が存在しており、被告は、何ら通行防止の措置を採っていなかったと認められるが、本件小道は、軌道敷とは植込みを隔てており、本件小道上を歩行する限り、歩行者が都電と接触する危険はなく、本件小道が存在することをもって公の営造物の設置又は管理の瑕疵があるとはいえない。)。
よって、原告らの被告に対する国賠法二条に基づく損害賠償請求には理由がない。
2 民法七一五条の責任
前記認定のとおり、勝目運転手が本件信号器具箱の陰から現れた義人を発見した地点は、本件事故現場の約六メートル手前であり、右地点で急制動の措置を採っても本件事故を回避することは不可能であったというべきであるところ、右地点より手前で義人を発見することはできなかったと認められるから、勝目運転手に前方注視義務違反があったとはいえない。
なお、原告らは、勝目運転手には、状況に応じて適宜速度を調節しながら進行すべき注意義務及び警笛吹鳴義務があった旨主張するが、本件事故現場付近では専用軌道敷内を走行しており、人との接触事故が予測されるような場所ではないこと、本件事故現場付近はほぼ直線であり見通しは良いことなどを総合的に考慮すると、本件事故現場付近において、不測の事態に備えて常に停止できるような速度で走行すべき義務があったということはできず、また、運転手が軌道敷内の歩行者を発見した場合はさておき、そのような場合でない限り、一般に警笛を吹鳴すべき義務があったということもできない。
したがって、勝目運転手に過失があったとはいえないから、これを前提とする原告らの被告に対する不法行為(使用者責任)に基づく損害賠償請求にも理由がない。
三 結語
以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、よって主文のとおり判決する。
(裁判官 飯村敏明 河田泰常 中村心)